冷え込む日中関係、11月APECを前に打開できるか 「対話を急げ」と「立場を貫け」
昨年11月の高市首相の「台湾有事」答弁から続く日中の対立。9月末に岩屋前外相が訪中して中国指導部と会談し、11月には中国・深圳でAPEC首脳会議が開かれます。関係改善へ対話を急ぐべきだという声と、日本の立場を譲るべきではないという声、それぞれの主張をまとめました。
この記事のポイント
- 昨年11月、高市首相が国会で台湾有事について「存立危機事態になり得る」と答弁したことをきっかけに、日中関係は大きく冷え込みました。中国は日本への渡航自粛の呼びかけや水産物の輸入停止などの対抗措置をとり、首相は答弁を撤回していません。
- 9月下旬、岩屋毅前外相が民間団体の会長として訪中し、王毅外相や何立峰副首相と会談しました。答弁以降、中国指導部が日本の国会議員と正式に会談したのは初めてです。
- 王外相は「正常化が必要」と述べる一方、日本側に答弁の是正・撤回を求めました。首相は「主張すべきことは主張しつつ対話する」との立場で、11月18〜19日のAPEC首脳会議(中国・深圳)で日中首脳会談が実現するかが焦点です。
- 中国人の訪日客は大きく落ち込み、8月は前年同月比で約6割減りました。
① 何が起きているのか
日中関係の冷え込みが、1年近く続いています。
何が起きているのか
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 2025年11月 | 高市首相が国会で、台湾有事について「存立危機事態になり得る」と答弁。中国が撤回を要求し、日本への渡航自粛の呼びかけや水産物の輸入停止などで対抗 |
| 2026年1月 | 中国が軍民両用品の対日輸出管理を強化 |
| 7月 | 茂木外相と王毅外相がマニラで短時間接触(答弁以降初の外相レベルの対話) |
| 9月22日 | 首相が国連演説で、国連憲章の「旧敵国条項」の削除を要求。中国は反対 |
| 9月24日 | 米中首脳会談。トランプ大統領が米中は第2次大戦の「同盟国」と発言 |
| 9月28〜29日 | 岩屋前外相が王外相・何副首相と会談。王氏は「正常化が必要」としつつ、答弁の是正を要求 |
| 10月5日 | 首相が所信表明演説で「主張すべきことは主張しつつ対話する」との方針 |
| 11月18〜19日 | APEC首脳会議(中国・深圳) |
数字で見る影響
- 中国人の訪日客:2026年8月は41.8万人で、前年同月より59.0%減(9カ月連続の減少)
- 外交青書:中国の位置づけを「最も重要な2国間関係の一つ」から「重要な隣国」に変更
旧敵国条項とは
国連憲章には、第2次大戦で連合国の敵だった国(日本やドイツなど)を対象にした規定が残っています。1995年に国連総会で「時代遅れ」として削除の方針が決議されましたが、憲章の改正には至っていません。首相は9月の国連演説で、早急な削除を求めました。
② それぞれの意見
各立場の主な主張を、元の発言や記事をもとに、当サイトがわかりやすくまとめています。
対話優先派の意見
違いや争いがあるからこそ対話が重要です。首相の答弁は不正確なうえ踏み込みすぎており、日本の台湾をめぐる姿勢が変わっていないのなら、首相は丁寧に説明する必要があります。一方で中国側の強硬ぶりにも行き過ぎがありました。王外相が今回「撤回」ではなく「是正」という言葉を使った変化を見極め、対話の再開を目指すべきです(朝日新聞)。
日中関係がこれ以上冷え込むことに何のメリットもありません。緊張が高まれば双方の経済が打撃を受け、偶発的な衝突のリスクも強まります。邦人の安全やレアアースの輸出規制といった懸案の解決に、政府間の対話は欠かせません。高市政権が関係修復の糸口を積極的に探る様子はうかがえず、政治が動くときです(毎日新聞)。
訪中した岩屋前外相は、中国側に「極めて厳しい姿勢」があるとしたうえで、関係悪化の「原因を作ったのはこちら」として、政府にもっと努力するよう求めました。国民民主党の玉木代表も、どんな国との関係でも対話の回路を持ち続けることは重要だとして、岩屋氏の訪中を評価しました。共産党は答弁の撤回を求めています。
原則堅持派の意見
中国は「日本が台湾に武力介入しようとしている」と宣伝していますが、当時の国会の議事録を読めば事実無根です。政府は間髪を入れず反論し、日本の立場を訴え続けるべきです。中国側の主張を前提にしたまま応じれば、取り込まれたかのような印象を与えかねません。中国は友好的な政治家と首相らを「選別」する狙いでしょう(読売新聞)。
高市首相は、戦略的互恵関係を進める方針は一貫しているとし、国益の観点から冷静かつ適切に対応するとしています。所信表明演説でも、中国に対し主張すべきことは主張しつつ、対話を通じて建設的で安定的な関係を目指すと述べました。木原官房長官も、重層的な意思疎通が重要だとしています。
答弁を撤回すれば、台湾海峡をめぐる抑止力が損なわれ、「圧力に屈した」と受け取られかねないという指摘があります。九州大学の前原志保准教授は、撤回は抑止力の観点から難しいとしています。東京大学の松田康博教授は、首相が1972年の日中共同声明の立場を維持していることは適切だとし、中国への依存を減らす多角化を進めるよう提言しています。
米中接近を踏まえ「日本素通り」を警戒する立場
9月の米中首脳会談でトランプ大統領は、第2次大戦で米中は「同盟国」だったと発言しました。神戸新聞は、「日本素通り」への懸念が現実になりつつあり、米国頼みの対中強硬には限界があるとして、首相自ら対話の糸口を探るべきだとしています。
背景を読む:それぞれの思惑
ここからは編集部の見立て(推測)です。裏付けはありませんが、推測のもとにした事実には出典を付けています。
中国(習近平政権)
岩屋氏を「厚遇」した二つの狙い
推測経済の停滞を抱える中国にとって、日本との関係がこれ以上悪化するのは得策ではありません。岩屋氏との会談は、経済交流を続けたいというシグナルと見られます。一方で、首相の答弁については、関係筋によると会談であくまで「撤回」を求めたと報じられています。友好的とみなす政治家や経済界とは付き合い、首相とは距離を置く――硬軟を使い分けて日本の中を分断し、首相に譲歩を迫る戦術とも読めます。
推測のもとにした事実
- ・毎日新聞の社説は、経済停滞のリスクを抱える中国が対日関係の悪化は得策でないと判断したとみられ、岩屋氏への厚遇は硬軟を使い分ける戦術との見方が強いとした毎日新聞 社説(10/5)
- ・王外相は岩屋氏との会談で、あくまでも答弁の「撤回」を求める考えを示していたと、複数の日中関係筋が明らかにした京都新聞(共同・王外相の撤回要求)(10/8)
- ・読売新聞の社説は、中国が友好的とみなす人々と首相ら「一部の政治家」を選別する狙いだと指摘した読売新聞 社説(10/3)
高市首相
「撤回しない」ことが支える政権の基盤
推測首相は2月の衆院選で、中国に毅然とした姿勢を示したことを追い風に大勝しました。答弁を撤回すれば、保守層の支持を失い、「圧力に屈した」との批判を浴びかねません。一方で、APECでの首脳会談が実現しなければ、関係改善の糸口を逃すことになります。「主張しつつ対話」という言い回しは、支持層と外交の現実の両方に目配りした綱渡りとも言えます。
推測のもとにした事実
- ・J-CASTは、撤回できない理由として、日米による台湾海峡の枠組みを崩すこと、「圧力に屈した」と受け取られること、保守的な支持基盤の3点を挙げた。首相は2月の衆院選で、毅然とした対中姿勢を正当性の中心に据えたとも指摘しているJ-CAST(撤回できない理由の分析)(10/6)
- ・首相は、戦略的互恵関係を推進する方針は「一貫」していると述べたニューズウィーク日本版(ロイター・首相の発言)(10/2)
岩屋前外相
自民党内の「もう一つの外交ルート」
推測岩屋氏は石破前政権の外相で、高市政権とは距離があります。首相が表立って動けないなか、岩屋氏が民間団体の会長として中国指導部と会ったことは、自民党内に「対中融和」の別ルートがあることを示しました。政府にとっては、公式には関与しない形で中国の本音を探れる窓口にもなりえますが、党内の保守派からは「取り込まれた」との批判も出ています。
推測のもとにした事実
- ・岩屋氏は日本国際貿易促進協会の会長として訪中し、王外相・何副首相と会談した。答弁以降、中国指導部が日本の国会議員と会ったのは初めて秋田魁新報(共同・岩屋氏と王外相の会談)(9/28)
- ・官房長官は岩屋氏の訪中を「民間の経済団体の動向」としてコメントを控えつつ、重層的な意思疎通が重要だと述べたnippon.com(時事・岩屋氏訪中への政府の反応)(9/30)
米国(トランプ政権)
米中接近で揺らぐ「日米で対中」の前提
推測トランプ大統領は9月に習主席を国賓として迎え、貿易休戦の延長などで合意しました。米国が中国との取引を優先すれば、「日米が足並みをそろえて中国に向き合う」という前提が揺らぎます。日本が中国との独自の対話ルートを持たないままでは、米中の頭越しに取り残されるおそれがある――対話派が関係修復を急ぐよう求める背景には、この危機感があります。
推測のもとにした事実
- ・9月24日の米中首脳会談で、トランプ氏は第2次大戦で米中は「同盟国」だったと発言した熊本日日新聞(共同・米中首脳会談)(9/25)
- ・神戸新聞の社説は、「日本素通り」の懸念が現実になりつつあると指摘した神戸新聞 社説(9/26)
経済界・観光業
静かに高まる「関係改善」への期待
推測中国人の訪日客は前年の4割ほどにまで落ち込み、レアアースなど重要な鉱物の多くを中国に頼る状況も続いています。岩屋氏の訪中に約50人の企業役員が同行したのは、経済界が関係改善を強く望んでいる表れでしょう。政府内にも、重要鉱物の確保のために関係改善を望む声があると報じられています。
推測のもとにした事実
- ・8月の中国人訪日客は41.8万人で、前年同月比59.0%減だったトラベルボイス(訪日客統計)(9/16)
- ・政府内には、重要鉱物の供給確保のため関係改善を望む声があるnippon.com(時事・岩屋氏訪中への政府の反応)(9/30)
世の中の声
世論調査
首相の台湾有事答弁について、「不用意だったとは思わない」57.0%、「不用意だった」37.6%でした。一方、日中関係の悪化が日本経済に悪影響を与えると思う人は59.9%でした(共同通信、2025年12月)。2026年に答弁の撤回の是非そのものを尋ねた調査は、確認できた範囲では見当たりませんでした。
秋田魁新報(共同通信世論調査)(12/21)
SNSの反応
対話優先寄りの声
台湾有事の発言で最悪になった日中関係を改善するための訪中なのに、なぜ批判されるのか分からない
政権から日中関係を正常化しようという意思が見えない。このままでは日本が孤立しないか心配
原則堅持寄りの声
議員外交は、政府より弱い立場で行ってはいけない。言うべきことを言えないなら行くべきではないと思う
拘束されている日本人の釈放など、本来言うべきことを言わず、相手の言い分を聞いて利用されただけに見える
国連で旧敵国条項の削除をはっきり求めた首相の演説は、日本の誇りを示したと思う
集め方:X(旧Twitter)で「日中関係 OR 岩屋 訪中 OR 台湾有事 答弁 OR 旧敵国条項」(いいね50件以上・話題順)で検索し、2026年9月20日〜10月10日の日本語投稿を確認しました。対話を求める声、政府の姿勢を支持する声の両方がありましたが、特定の国や民族を攻撃する投稿は除いています
無作為に抽出したものではなく、世論を代表するものではありません。
「共感」の数は当サイト読者の反応で、世論調査ではありません。1つの声につき1回押せて、もう一度押すと取り消せます。
③ ポイント整理
意見が一致している点
- 日中の対立が長引くことは、経済や安全保障の面で双方にとって好ましくないこと
- 何らかの形で意思疎通を続ける必要があること(政府も「重層的な意思疎通」を重視しています)
- 台湾問題の平和的な解決を望むという日本の立場は変わっていないこと
意見が分かれている点
- 答弁を撤回・修正してでも関係改善を急ぐべきか、立場を貫くべきか
- 岩屋氏のような議員外交を評価するか、中国に利用されると見るか
- 経済面での中国依存を減らすことと、関係修復のどちらを優先するか
今後の注目点
- 11月18〜19日のAPEC首脳会議(中国・深圳)で日中首脳会談が実現するか
- 水産物の輸入停止や渡航自粛の呼びかけなど、中国の対抗措置の行方
- 旧敵国条項の削除をめぐる国連での議論
日中関係を安定させるべきだという点では、対話優先派も原則堅持派も一致しています。分かれているのは、「どちらが先に歩み寄るのか」です。対話優先派は日本から関係修復に動くよう求め、原則堅持派は中国の宣伝に反論し、立場を譲るべきではないと主張します。 中国側は「是正」という言葉で柔軟さを見せつつ、水面下では「撤回」を求めているとも報じられています。11月のAPECは、双方が面子を保ちながら関係改善の糸口を見いだせるかを試す場になりそうです。