高額療養費、来年8月に再び上限引き上げ 保険を守る見直しか、患者を追い詰める負担増か
医療費の自己負担に上限を設ける「高額療養費制度」の上限が今年8月に引き上げられ、来年8月には所得区分を細かく分けたうえで最大約38%の引き上げが予定されています。制度の持続のために必要だという政府と、患者の生活が破綻しかねないと反対する患者団体・日弁連など、それぞれの主張をまとめました。
この記事のポイント
- 高額療養費制度は、1カ月の医療費の自己負担が一定の上限を超えた場合、超えた分が払い戻される仕組みです。がんや難病などで治療費がかさむ人の「最後の砦」とされています。
- 2026年8月、月額の上限が所得に応じて4〜7%引き上げられました。2027年8月には所得区分を細かく分けたうえで、さらに引き上げられ、年収650万〜770万円の層では、もとの水準と比べて約38%増になります。
- 一方で、長く治療を続ける人の上限(多数回該当)は据え置かれ、新たに年間の上限も設けられました。
- 政府は「制度の持続可能性を確保するため」と説明しています。患者団体や日本弁護士連合会は、来年8月の引き上げを見直すよう求めています。
① 何が起きているのか
がんや難病の治療など、医療費が高額になったときの支えとなる「高額療養費制度」が、2段階で見直されています。
何が変わるのか(70歳未満の主な例)
| 年収の目安 | 2026年7月まで | 2026年8月から | 2027年8月から |
|---|---|---|---|
| 約650万〜770万円 | 約8万円 | 約8.6万円 | 約11万円(約38%増) |
| 約370万〜510万円 | 約8万円 | 約8.6万円 | 約8.6万円 |
| 約260万〜370万円 | 5万7600円 | 6万1500円 | 6万9600円 |
| 約200万円未満 | 5万7600円 | 6万1500円 | 6万1500円 |
| 住民税非課税 | 3万5400円 | 3万6900円 | 3万6900円 |
※医療費の額によって上限が少し増える区分があります。2027年8月からは所得区分がさらに細かく分かれます(課税世帯12区分)。
負担を軽くする仕組みも
- 多数回該当(直近12カ月で3回以上上限に達した場合、4回目から上限を下げる仕組み):据え置き。年収200万円未満の人は2027年8月から引き下げ
- 年間上限の新設:1年間(8月〜翌年7月)の自己負担が一定額を超えた場合、超えた分を払い戻し(例:年収約370万〜770万円で53万円)
これまでの流れ
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 2024年12月 | 石破政権が、最大7割超の引き上げ案をまとめる |
| 2025年3月 | 患者団体の反発を受け、石破首相が実施を見送り |
| 2025年12月 | 専門委員会の議論を経て、最大約38%の引き上げで決着 |
| 2026年5月 | 改正健康保険法が成立 |
| 7月 | 政令を改正し、2026年8月と2027年8月の見直しを一体で決定 |
| 8月1日 | 第1段階を実施 |
| 2027年8月 | 第2段階を実施予定 |
② それぞれの意見
各立場の主な主張を、元の発言や記事をもとに、当サイトがわかりやすくまとめています。
推進派の意見
見直しは、制度全体の持続可能性を確保するためのものです。治療期間が短い人には追加の負担をお願いする一方、長期療養の人や所得の低い人のセーフティーネットは強化しました。年収200万円以上のすべての層で、年間の医療費が支払い能力の40%を超えないことを確認しています。2026年と2027年の見直しは一体のものとして国会で審議され、政令で決めたもので、まずは実施したうえで検証していくのが基本です(上野厚生労働相)。
医療費のうち保険料でまかなう割合は上がっており、患者の負担増を含めた一定の調整が必要です。所得区分を細かく分けることは、能力に応じた負担につながります。数年後の検証を前提に、まずは改革を前に進めるべきです(日本経済新聞)。高市首相も国会で、患者団体も加わった専門委員会で丁寧に議論したとして、「凍結する考えはない」と答弁しました。
大和総研の鈴木準氏は、公的医療保険の持続性を確保することが必要だとして、見直しは妥当だとしています。そのうえで、医療の高額化そのものに向き合うため、費用対効果の評価を広げるなど、より幅広い改革も求めています。
見直し派の意見
全国がん患者団体連合会と日本難病・疾病団体協議会は、年間上限の新設や長期療養者の上限の据え置きを評価しつつも、月額の上限は「十分に抑制されていない」として、生活が破綻するリスクを懸念しています。全がん連の天野慎介理事長は国会で、保険料の軽減は1人あたり年約1400円にすぎないと指摘しました。
日本弁護士連合会は、利用者の約8割を占める年1〜3回の利用者は年間上限の恩恵を受けず、負担が増えるだけだと指摘しています。所得区分は前年の所得で決まるため、病気で休職・失職した人には重く、年収200万〜400万円の層では月額上限が支払い能力の約6〜9割に達しうるとしています。9月には、来年8月の引き上げをゼロベースで再検討するよう求める意見書を出しました。
保険料の軽減は1人あたり月約120円にすぎず、過大な負担が生じないよう柔軟に見直すべきです(神戸新聞)。全国保険医団体連合会(保団連)は、引き上げの撤回を求める署名を30万筆以上集め、政令や省令は大臣の判断で凍結できると主張しています。
実施後の「影響の検証」を重視する立場
2段階で所得に応じて4〜38%増となるのは大きな負担増であり、患者が必要な治療を控えたり中断したりすることのないよう、厚労省は影響を注視し、受診行動の変化を調べて公表すべきです。一方、年間上限の新設や多数回該当の据え置きは妥当な対応で、配慮が確実に行き届くよう周知を徹底すべきです(産経新聞)。
背景を読む:それぞれの思惑
ここからは編集部の見立て(推測)です。裏付けはありませんが、推測のもとにした事実には出典を付けています。
厚生労働省・財務省
診療報酬の「プラス」と患者負担増はセット?
推測2025年12月の大臣折衝では、医療機関に支払う診療報酬のプラス改定と、高額療養費の見直しが同じ場で決まりました。同じ法改正には、市販薬に似た薬(OTC類似薬)の追加負担も入っています。医療機関の収入を増やす一方で、その分の財源を患者の負担増で少しずつまかなう――「広く、少しずつ」負担を積み重ねる構図が見えます。
推測のもとにした事実
- ・2025年12月24日の財務相・厚労相の大臣折衝で、高額療養費の見直し(最大約38%引き上げ)と診療報酬の改定が決まった秋田魁新報(共同・大臣折衝)(12/24)
- ・同じ健康保険法等の改正法に、OTC類似薬の追加負担(一部保険外療養)が盛り込まれた日本医事新報(法成立)(6/1)
政府
削減額の4割超は「受診控え」の見込み?
推測厚労省の試算では、2026・27年度の給付費の削減2450億円のうち、約1070億円が、負担増によって患者の受診が減る効果(いわゆる「長瀬効果」)で見込まれていると報じられています。批判する側は「受診を控えさせることで医療費を減らす設計だ」と見ています。一方、大臣はこれを「単なる計算結果にすぎない」と説明しています。どちらの見方が正しいかは、実施後の検証で問われることになります。
推測のもとにした事実
- ・給付費の削減は2年度で2450億円、このうち受診行動の変化による削減は1070億円と報じられた。大臣は受診抑制による削減見込みについて「単なる計算結果にすぎない」と述べたしんぶん赤旗(効果額の内訳)(2/16)
石破前政権と高市政権
「凍結」と「実施」を分けた選挙のタイミング
推測石破前政権は2025年3月、患者団体の強い反発を受けて見直しの実施を見送りました。その年の夏には参院選が控えていました。一方、高市政権は2026年2月の衆院選で大勝した後、「凍結する考えはない」として見直しを進めました。大きな選挙が当面ないタイミングで、反発の強い負担増を進める――政治的な計算がうかがえます。
推測のもとにした事実
- ・石破首相は2025年3月7日、患者団体と面会した後に見直しの実施を見合わせると表明した首相官邸(石破首相の会見)(3/7)
- ・高市首相は2026年4月7日の参院予算委で「凍結する考えはない」と答弁した日刊薬業(首相の答弁)(4/8)
患者団体
「一部勝ち取り」と「免罪符」のはざま
推測患者団体は、政府の専門委員会に委員として加わり、長期療養者の上限の据え置きや年間上限の新設を勝ち取りました。一方で、月額の上限の引き上げは止められず、参加したことが政府に「患者も納得した」と言われる材料に使われるのでは、という葛藤も抱えています。評価できる点と反対する点を分けて示す共同声明には、その難しい立場がにじんでいます。
推測のもとにした事実
- ・全がん連・JPAの共同声明は、年間上限の新設や多数回該当の維持を評価しつつ、月額上限は十分に抑制されていないとした日本難病・疾病団体協議会(共同声明)(12/24)
世の中の声
SNSの反応
見直し寄りの声
広報費に何十億円も出せるなら、来年8月の引き上げは中止できるはず。「財源がない」とは何なのか
がんの治療で毎月病院に通っている。来年8月から上限がさらに上がるのは本当に不安
年収200万〜400万円の層を直撃する見直しだと思う。病気になったら生活が立ち行かなくなりそう
その他の声
高額療養費は「1回の入院ごと」ではなく、毎月1日から末日で計算される。入院する時期で負担が変わることもあるので、仕組みを知っておきたい
集め方:X(旧Twitter)で「高額療養費」(いいね50件以上・話題順)と、見直しを支持する声を探すため「高額療養費」×「現役世代 OR 保険料 OR 仕方ない OR 必要な見直し OR 持続可能」(いいね10件以上)で検索し、2026年8月1日〜10月10日の日本語投稿を確認しました。引き上げに反対する投稿が大半で、引き上げを支持する一般の投稿は見つけられなかったため、推進側の声は空欄にしています。一般の有権者を対象にした全国の世論調査も、確認できた範囲では見当たりませんでした
無作為に抽出したものではなく、世論を代表するものではありません。
「共感」の数は当サイト読者の反応で、世論調査ではありません。1つの声につき1回押せて、もう一度押すと取り消せます。
③ ポイント整理
意見が一致している点
- 医療保険制度を長く続けるために、何らかの見直しが必要なこと
- 長く治療を続ける人や所得の低い人への配慮が必要なこと(多数回該当の据え置きや年間上限の新設は、見直し派からも一定の評価があります)
- 見直しの影響を検証する必要があること
意見が分かれている点
- 来年8月の第2段階の引き上げを予定どおり実施すべきか、立ち止まって再検討すべきか
- 保険料の軽減(1人あたり年約1400円)と患者の負担増のバランスは妥当か
- 所得の中低位層への負担が重すぎないか
今後の注目点
- 2027年8月の施行に向けた省令の公布
- 今年8月の引き上げ後の受診行動の変化(厚労省の検証)
- 年末にかけての社会保障改革の議論(高齢者の窓口負担など)
医療保険を持続させるために見直しが必要だという点や、長期療養者・低所得者への配慮が必要だという点では、双方の考えに重なりがあります。対立の中心は、来年8月の「第2段階」の引き上げをそのまま実施するのかどうかです。 政府は「まず実施してから検証する」としていますが、患者団体などは「今年の影響を見極めてからにすべきだ」と主張しています。病気になったときの「安心」と、保険料を負担する現役世代の「負担感」のどちらを重く見るかが問われています。