プーチン氏の択捉島訪問から2カ月 ロシアには「毅然と」か「対話」か、揺れる日本の対露外交
8月にプーチン大統領が北方領土の択捉島を初めて訪れてから約2カ月。日本政府は強く抗議しつつ、大使召還などの対抗措置は見送り、10月には初めて「影の船団」に制裁を科しました。制裁と圧力を強めるべきだという強硬派と、対話の道を残すべきだという対話重視派、それぞれの主張をまとめました。
この記事のポイント
- ロシアのプーチン大統領は8月13日、北方領土の択捉島を訪れました。プーチン氏が北方領土に入ったのは、首相時代を含めて初めてです。ロシアの元首としては、2010年のメドベージェフ大統領(当時)の国後島訪問以来です。
- 高市首相は「強く抗議する」「断じて許容できない」と表明し、外相がロシア大使を呼んで抗議しました。ただ、制裁強化や駐ロ大使の召還といった対抗措置には、すぐには踏み切りませんでした。
- 政府は10月2日、ロシア産原油を運ぶ「影の船団」35隻などに初めて制裁を科しました。政府はウクライナ侵略を理由に挙げています。ロシアは「非友好的な決定」だとして、対抗措置を取ると表明しました。
- 9月の産経新聞・FNNの世論調査では、「対話を呼びかけるなど柔軟な姿勢」で臨むべきだが54.6%と、「制裁強化など強い姿勢」の30.8%を上回りました。主要な全国紙の社説は、そろって訪問を強く非難しています。
① 何が起きているのか
8月13日、ロシアのプーチン大統領が北方領土の択捉島を訪れました。プーチン氏が北方領土に足を踏み入れたのは初めてで、日ロ関係はさらに冷え込んでいます。
何が起きているのか
| 日付 | 出来事 |
|---|---|
| 2024年1月 | プーチン氏がクリル諸島(北方領土と千島列島)を訪れると表明 |
| 2026年8月12日 | プーチン氏がサハリンで、北方領土は「第2次大戦の結果」ロシア領になったと主張 |
| 8月13日 | プーチン氏が択捉島を訪問。高市首相が「断じて許容できない」と抗議し、外相がロシア大使を呼んで抗議 |
| 9月2日 | プーチン氏が、関係悪化は「全て日本の責任だ」と発言 |
| 9月中旬 | ロシア大統領報道官が、日本を「非友好国」として、ビザなしでの墓参を拒む姿勢を示す |
| 10月1日 | プーチン氏が国際会議で「変わったのは日本の姿勢だ」と発言 |
| 10月2日 | 日本政府が「影の船団」35隻や33団体・9個人に制裁を決定 |
| 10月5日 | ロシア外務省が「非友好的な決定」として対抗措置を示唆 |
日ロ関係のいま
- 平和条約交渉:ウクライナ侵略を受けた日本の制裁に反発し、ロシアが2022年に中断。外相会談は約5年開かれていません
- 墓参・ビザなし交流:2022年から止まったまま。元島民の平均年齢は90歳を超えています
- 漁業:サケ・マスや貝殻島のコンブ漁などの交渉は、毎年なんとか妥結しています
- エネルギー:ロシア極東の「サハリン2」のLNGは日本のLNG輸入の約1割を占め、中東情勢の悪化でその重みが増しています
② それぞれの意見
各立場の主な主張を、元の発言や記事をもとに、当サイトがわかりやすくまとめています。
強硬派の意見
プーチン氏の訪問は、北方領土の不法占拠を正当化し、日本国民を威嚇する悪質な行動です。中国に同調して日本への圧力を強める狙いもあるのでしょう。平和条約交渉の中断は、日本の制裁に反発したロシアが独断で決めたもので、関係悪化の原因はロシア側にあります。ロシアとの意思疎通は否定しませんが、安易に資源開発を進めれば、ウクライナ侵略の戦費調達を手助けすることになりかねません(読売新聞)。
不法占拠する日本の島を訪れる暴挙は、最大限の非難に値します。制裁を解除してほしいなら、ウクライナ侵略をやめればいいのです。高市政権は、制裁の強化や駐ロ大使の召還といった対抗措置を講じ、北方の守りも強めるべきです(産経新聞)。日本経済新聞も、2010年のメドベージェフ氏の訪問時より厳しい姿勢で臨み、対ロ外交を点検するよう求めています。
実効支配を誇示する行動は決して許されず、日本は対ロ制裁を緩めてはいけません。ロシアのエネルギーに頼るジレンマはありますが、調達先を多様化して、ロシアの揺さぶりが効かない構造をつくるべきです(朝日新聞)。国民民主党は、ロシアに不法占拠の解消と平和条約交渉への復帰を求める声明を出し、野党からは政府の対応を「弱腰」とする批判も出ています。
対話重視派の意見
プーチン氏は2024年に訪問を予告しており、それを実行しただけです。北方領土を実効支配しているのはロシアだという現実を踏まえ、日本政府はもっと冷静に対応すべきです。プーチン氏が訪問の前日、安倍元首相の時代に良い関係を築いたと語ったことは、関係改善への呼びかけと受け止めるべきで、「日露関係改善の絶好のチャンス」だとしています(自民党・鈴木宗男参院議員)。
プーチン氏の振る舞いは認めがたいものの、日本は冷静に対応し、対立をエスカレートさせないことが重要です。訪問はロシア国内向けのアピールでもあり、その意図を分析すべきです。対話による解決の道筋を閉ざしてはなりません(琉球新報)。
元島民の団体などは外務副大臣に、早期の返還に向けた交渉を進めるよう要請しました。元島民の平均年齢は90歳を超え、ふるさとの墓参りは2022年から止まったままです。北方担当相も根室市を訪れ、墓参の再開について「何とかしたい」と述べています。
原則は譲らず、人道の窓口を重視する立場
訪問は日本の国民感情を逆なでするもので、四島返還を強く求めていくのは当然です。同時に、元島民が先祖の墓を訪れる「墓参」の再開も重要です。訪問の背景には、9月の下院選を控えて愛国心をあおり、支持を回復したいロシアの国内事情が透けて見えるとしています(毎日新聞)。
背景を読む:それぞれの思惑
ここからは編集部の見立て(推測)です。裏付けはありませんが、推測のもとにした事実には出典を付けています。
ロシア(プーチン政権)
なぜ「今」択捉島だったのか
推測2024年に訪問を予告してから2年半あまり。このタイミングを選んだ背景には、9月の下院選を前に、ウクライナでの戦争長期化で落ちた支持を愛国心で取り戻したいという国内事情があると見られます。同時に、欧米とともに制裁を続け、NATOとの協力も深める日本への「警告」であり、日本の防衛力強化を批判する中国と歩調を合わせる狙いもうかがえます。
推測のもとにした事実
- ・9月中旬に下院選を控え、政権与党の支持率は低下していた毎日新聞 社説(8/14)朝日新聞 社説(8/14)
- ・プーチン氏は上陸の直前、日本が「ウクライナでの事態の原因を理解せずに」制裁を導入したと批判した朝日新聞 社説(8/14)
- ・中国は高市政権の安保政策を「新型軍国主義」と批判しており、読売新聞は中国に同調する狙いを指摘した読売新聞 社説(8/14)
高市政権
言葉は強く、行動は控えめ――その計算
推測首相は「断じて許容できない」と強い言葉で抗議しましたが、大使の召還など目に見える対抗措置は取りませんでした。中東情勢でエネルギーの確保が難しくなるなか、サハリン2のLNGなどロシアとのつながりを断ち切りたくないのが本音でしょう。2カ月後の「影の船団」への制裁も、政府は「ウクライナが理由」と説明しています。国内の強硬派や欧米には「対応した」と示しつつ、ロシアには「訪問への報復ではない」と言える――二つの顔を使い分けているようにも見えます。
推測のもとにした事実
- ・政府が対抗措置に慎重な理由として、エネルギー調達への影響と、立て直し中だった関係への配慮が挙げられ、官邸幹部は「相手の出方も見ながら」と述べた東京新聞(政府の対応と野党の批判)(8/19)
- ・政府は訪問前、学生交流の再開や外相同士の接触など、ロシアとの関係を立て直す動きを進めていた日本経済新聞 社説(8/13)
- ・10月2日の「影の船団」への制裁について、政府はウクライナ侵略を理由に説明した。より厳しい欧州に足並みをそろえたものと報じられているnippon.com(時事・追加制裁)(10/2)
鈴木宗男氏
政権与党の中の「対話派」が果たす役割
推測鈴木氏の主張は、政府の公式の立場とは大きく異なります。それでも自民党の議員として、ロシア外務次官と直接会うなど独自のパイプを持ち続けています。政府が表立ってロシアに歩み寄れない今、鈴木氏のような存在は、いざという時の「非公式の窓口」として政権にとっても使い道がある――という見方もできます。一方で、党内からは政府の方針と食い違う発信に批判も出ています。
推測のもとにした事実
- ・鈴木氏は5月にモスクワでルデンコ外務次官と会談した。ロシア側は外相会談の条件として「反ロシア路線の放棄」を挙げている北海道新聞(日ロ外相会談の打診)(5/5)
- ・鈴木氏は、政府の抗議を「あまりにも稚拙」と批判した東スポWEB(鈴木氏のブログ)(8/13)
ロシア
「日本が協力的なら関係改善も」の揺さぶり
推測プーチン氏は10月の国際会議で、関係が冷えたのは「日本の姿勢が変わった」からで、日本が協力的な姿勢を示せば関係は改善できるという趣旨を語り、日本企業のロシアでの事業継続を支持するとも述べました。島を訪れて圧力をかけつつ、経済界や対話派には「アメ」を見せる。日本の世論や政財界を分断し、欧米との足並みを乱そうという狙いと読むこともできます。
推測のもとにした事実
- ・プーチン氏は10月1日の国際会議で「変わったのは日本の姿勢だ」と述べ、日本企業のロシアでの事業継続を支持すると語った日本経済新聞(プーチン氏の発言)(10/2)nippon.com(時事・プーチン氏の発言)(10/2)
- ・朝日新聞の社説は、日本とNATOの協力強化を懸念するロシアに、対ロ外交の足並みを乱そうという意図が透けると指摘した朝日新聞 社説(8/14)
政府・自民党
「柔軟に」が多数を占めた世論の重み
推測世論調査で「もっと柔軟に」が半数を超えたことは、政権にとって強硬策に踏み切りにくい材料になります。物価高やエネルギーへの不安を抱えるなか、ロシアとの対立がこれ以上深まるのを望まない人が多いのかもしれません。一方、自民党内には「柔軟な世論はロシアに足元を見られる」という警戒もあり、政権は世論と原則の間で難しいかじ取りを迫られています。
推測のもとにした事実
- ・産経・FNNの調査で「柔軟な姿勢」54.6%、「強い姿勢」30.8%、「今の姿勢でよい」12.4%。自民党幹部は、柔軟な世論が多いとなれば、プーチン氏は強硬姿勢を変える必要はないと判断するのではないかと懸念を示した産経新聞(産経・FNN合同世論調査)(9/14)
世の中の声
世論調査
ロシアに対して日本政府が示すべき姿勢について、「対話を呼びかけるなどもっと柔軟な姿勢で臨むべきだ」54.6%、「制裁強化や大使の一時帰国などもっと強い姿勢で臨むべきだ」30.8%、「今の姿勢でよい」12.4%でした(産経新聞・FNN合同世論調査、2026年9月)。
産経新聞(産経・FNN合同世論調査)(9/14)
SNSの反応
強硬寄りの声
「ロシアは誰からも何も奪わない」と言うなら、まず北方領土を返してほしい
日本は北方領土の問題でG7の連帯を求めてきた。欧米の問題にも、同じように一緒に向き合うべきだと思う
対話重視寄りの声
ロシアへの制裁を重ねるのは、かえって日本の国益を損なうと思う
日本とロシアの対話と関係改善を進めてほしい
集め方:X(旧Twitter)で「北方領土 OR 対露制裁」(いいね50件以上・話題順)、「プーチン 北方領土」「鈴木宗男 制裁」など(いいね20件以上)と、対話を求める声を探すため「ロシア OR 日露 OR 北方領土」×「対話 OR 墓参 OR 元島民 OR 制裁解除 OR 国益」で検索し、2026年9月25日〜10月10日の日本語投稿を確認しました(ロシアを批判する投稿が多く、対話や制裁の見直しを求める投稿は少数でした)
無作為に抽出したものではなく、世論を代表するものではありません。
「共感」の数は当サイト読者の反応で、世論調査ではありません。1つの声につき1回押せて、もう一度押すと取り消せます。
③ ポイント整理
意見が一致している点
- 北方領土は日本の領土であり、プーチン氏の訪問は受け入れられないこと(鈴木氏を除き、各党・各紙が一致しています)
- 元島民の高齢化が進み、墓参の再開が急がれること
- エネルギーの確保など、ロシアとの関係には実利の面もあること
意見が分かれている点
- 制裁の強化や大使の召還で圧力をかけるべきか、冷静に対話の道を探るべきか
- サハリン2などロシアとのエネルギー協力をどこまで続けるべきか
- 安倍政権時代の「信頼醸成による打開」路線をどう評価するか
今後の注目点
- 「影の船団」制裁に対するロシアの対抗措置の中身
- 墓参や漁業など、人道・実務の分野での交渉の行方
- ウクライナ停戦交渉と、トランプ政権の対ロ姿勢
- 11月のAPEC首脳会議(中国・深圳)など、年末にかけての外交日程
「北方領土は日本の領土だ」という原則では、ほぼすべての党と新聞が一致しています。分かれているのは、そこへ向かう道筋です。圧力を強めてロシアに代償を払わせるべきだという強硬派と、対立をエスカレートさせず交渉の糸口を残すべきだという対話重視派の間で、政府は「強い言葉」と「控えめな行動」の間を揺れています。 世論は「柔軟に」が多数でしたが、ロシアは条件として「反ロシア路線の放棄」を求めており、対話が始まる見通しはまだ立っていません。元島民の高齢化という時間の制約を抱えながら、日本は難しい選択を迫られています。